夜の隣人 第17話

業者がドアの修理をしている間、僕はその作業をただ見ていた。
C.C.は階段上の日の当らない場所に座り、相変わらず端末の操作をしているので、暇を持て余した僕は再び彼女の傍へ移動した。
僕が端末を覗きこんでも彼女は隠そうともせず、どうせ見ても解らないだろうと言う視線を投げてくる。大量の文字と数字が表示されているその画面が何を示しているかは確かに解らないが、C.C.にはちゃんと理解できる内容なのだろう。まるで一つ一つの文字を確認しているかのように画面に視線を向けている。

「・・・それ、何してるの?」
「デバッグだ」
「デバッグ?」
「ゲームのバグ取りだよ。おかしな所があるのは解っているが、何処なのか見つけられなくてな」
「ゲーム?」
「言ってなかったか?私とL.L.はゲームを作っている。社名はCenterLeft 略してCL この屋敷を買える程度には売れているぞ」

その社名を聞いて僕は目を見開いた。

「え?その会社って、先月格闘ゲームを出した?」
「ほう?知っているのか?そう、それを作ったのが私とL.L.だ。私がシナリオやキャラクター、音楽等を手掛け、L.L.がプログラムを組む。だから私とL.L.用にパソコンが2台もあれば、どこででも仕事が出来るし、昼夜も問わない。製造もデータを送り、契約会社へ電話で指示を出すから外出は不要。販売も同じだ。ああ、データはパソコンに入ってないからな。専用のデータバンクと契約し、そちらに保管している。ネット経由でデータの出し入れをしているから、不埒な輩に襲われ、着の身着のままで逃げだしたとしても、データは守られている。便利な世の中だよ。この端末に表示されている画面も、そのデータバンクからリアルタイムで引っ張っている物だ」

僕が見ても全く解らない単語が羅列したその画面から目を離すことなくC.C.はそっけなく答えた。
CenterLeft corporation 制作者が何人で、何処で作られているのか謎とされているゲーム会社。今回は格闘ゲーム、前回はアクションと、毎回ゲームシステムを変えて制作、販売されているにも関わらず、発売されるたびに販売記録は塗り替えられ、発売日には徹夜組が出来るほどの大行列を作り、ニュースにもなる。
特徴としては、必ず2Dの、それもドット絵で作られる事。そして全てのゲームが1作目から共通のキャラクターを中心としたシナリオで構成されている事。綿密で重厚なシナリオと、個性的なキャラクター、壮大で美しい音楽、ドットとは思えない美しいグラフィック。それらが人々を引き付けて離さない。

「そういえば、主人公もヒロインも吸血鬼だ・・・」

そう、それは黒髪と緑髪の美しい吸血鬼の物語。
ぼくはハッとしてC.C.を見た。

「気付いたか?モデルは私とL.L.だ」

にやりと笑いながら言うその姿をじっくりと見つめると、確かにヒロインの<セラ・スペイサー>に似ている。そしてL.L.は<アラン・スペイサー>に。ドット絵だから間違い無いと断言はできないが、二人がモデルと言われれば納得出来るぐらい似ている。
シリーズ物のそのゲームは吸血鬼や魔物に関する理解度が深く、その描写はリアルだ。
以前発売された人間界へ魔物が進行する戦略SLGなど、各魔物の描写、行動内容、特性があまりにも実物に近く、軍や組織の情報が漏れたのではと一時騒ぎになったほど。だが、その形跡は無く、反対にこちらが知らなかった特性までリアルに再現されていた。
その上そのシナリオは、アランとセラが人間の親友である鳳と共に人間界へ攻め込んできた魔物の進行を食い止めると言う物で、仲間の魔物以外はすべて敵。
自分で盤面を作れるモードも搭載されており、難易度を最大まで上げると、実際の戦闘と変わらないほど細かな指示と行動を取れる事から、対魔物シミュレーションとしても優秀で、組織内では作戦を一度そのゲームでシミュレーションすることが暗黙の了解となっていたりする。
制作者を探して組織に加えたいと、上層部は動いているが、登録されている所在地と名前以外は何も見つける事は出来ずにいたはずだ。
その制作者とまさかこんな形で会う事になるとは。
だが、通常ゲームの制作は、何十人もの人間が寝る間を惜しんで必死になって作るものではなかっただろうか?

「信じられないと言う顔だな。・・・仕方ない。バグがかなり残っているが、動作には問題ないはずだ。次回作を少しだけ見せてやろう」

心外だと言いたげな顔でC.C.は端末を操作すると、文字だらけの画面が閉じられ、その後何やら操作した後、僕はその端末を渡された。

「作りかけのゲームだから操作はしにくいだろうが、まあ我慢しろ。今回は、人間と魔物の交流を中心としたもので、魔界と人間界の品物を加工し販売するSLGだ。アランとセラ、鳳達が仕入れた品を、商人である美鈴が加工、販売をしていく。それで手に入れた資金で人と魔物が暮らせる隠れ里的な町を作り、維持するのが目的だ」

渡された画面には見知ったロゴ。
スタートを押すと、美しい音楽と共にゲームが始まった。

「アランとセラが吸血鬼なのは、君が吸血鬼マニアだから?」
「当りだ。私とL.L.をモデルにするならやはり吸血鬼しかないだろう。美しさだけではなく、太陽が弱点というのも共通しているしな。言っておくが、私達の知識は吸血鬼だけではないぞ。あらゆる魔物の情報を集め、出来るだけリアルに再現している」
「そうだね、実は僕も最新の格闘以外全部やってるから、内容は解ってる。リアルすぎるぐらいだよ」

ゲームはあまりやらないが、無駄に長い移動時間の暇つぶしもかねて、組織が推奨しているこのゲームにだけは手を出していた。戦略SLGは難易度イージーでしかクリアできないが、その前のアクションは最高難易度のヘルも楽勝でクリアできるぐらいやりこんでいた。選べるキャラは6人。アラン、セラ、オレンが魔物、花蓮、小夜、鳳が人間。僕の使用キャラは鳳で日本刀と武術を駆使した戦い方は僕好みだった。
そのうえ鳳は日本人なのに茶髪のくせ毛で緑の目という、僕によく似た外見だ。

「君がキャラクターを作ってるんだっけ?じゃあ鳳も君が考えたキャラなの?」

その僕の問いに、C.C.は僅かに顔を曇らせた。

「いや、鳳もモデルがいる。L.L.の親友だった日本人だ」
「だった?」

僅かに沈んだ声で、C.C.はそう答え、昔を思い出すかのように視線を天井に向けた。

「もういない。死んでしまったんだ。魔物に殺されてな。あいつの死体からL.L.を引き離すのには、苦労した」

辛そうにそう言ったC.C.は、ふと何かに気がついたように僕へ視線を向けると、驚いたようにじっと見つめてきた。
頭の先から足の先までじっと視線で追われ、居心地が悪い。

「何?どうかした?」
「成程、どこかで見た顔だと思ったが、そう言う事か。あいつがこの年まで生きていたら、お前にそっくりだっただろうな。・・・だからか。L.L.がお前に対して妙に警戒心が薄いのは。・・・今朝、地下にお前が飛び込んできた時、L.L.が驚いたまましばらく硬直していただろう。あれは、死んだはずの親友そっくりのお前が突然現れたからだな」

すっと目を細めていうC.C.は無表情になりきれず、困惑しているようだった。

「昔、たった一人で魔物から日本を救った男がいる。その男の名がスザク。そのため今でも日本で人気の名前だから、特に気にしていなかったが、死んだのあいつの親友の名もスザクというんだ。この、鳳という名はそこから来ているんだよ。南方の守護神獣朱雀。それと同一起源とされている鳳凰からな。しかし、名前だけではなく外見までそっくりか。・・・きついなこれは。L.L.にスザクと枢木を重ねるなというのは酷か」
「・・・実はそのスザクが僕だって言うオチは?」
「身に覚えがあるのか?」
「全然」
「だろうな。あのスザクは頭を・・・やられて死んだんだ」

C.C.は愛おしそうに端末に表示された鳳を指でなぞると、悲しみに耐えるようにその瞼を閉じた。
僕は幼いころ日本に居た。
だが、外国人の友人など居なかったし、死んだ覚えも大怪我をした覚えもない。
・・・僕はL.L.が好きだけど、亡くなった親友に似ていると言う理由で、彼に好かれるのだけはご免だ。彼が僕を親友のスザクとして見ているのであれば、まずは僕を僕として認識してもらう事から始めないといけない。
前途多難だなと、僕は嘆息した。
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