夜の隣人 第18話

日がすっかり落ちた頃、L.L.がリビングに姿を現した。
薬がまだ抜けきらないのか、その表情も足取りも重い。
C.C.と向かい合う形でソファーに座る僕に気が付くと、L.L.は驚いたような顔で何度か瞬きをした後、朝の事を思い出したのか「おはよう、枢木。今何か飲み物を出そう」と、キッチンへと足を進め、そのL.L.の後ろを追う形で、C.C.もキッチンへ向かった。

「おはよう眠り姫。調子はどうだ?」
「嫌な言い方をするな。・・・体は問題ない」

楽しそうな声で話すC.C.とは対照的に、L.L.は不機嫌そうにそう答えた。

「それよりC.C.、せめて飲み物ぐらい出したらどうなんだ」
「お前が入れた茶の方が美味いからな。起きるのを待っていたんだよ」

悪びれもせずにそう言うと、C.C.は鉄瓶を棚から出し、水を入れると火にかけた。
困った奴だと言いたげに溜息をつくL.L.は、ほうじ茶を入れる用意を始めた。
僕はそんな二人の様子をしばらく見た後、手元に視線を戻した。
僕が今手にしているのは、C.C.の端末。次回作のバグ取りをしていたC.C.が「暇だろうから暫く遊んでろ。おかしな場所が無いかもついでに探してみてくれ」と、貸してくれたのだ。当のC.C.は今朝も使っていたパソコンを操作し、今度新たに作るゲームの構想を練っていて、今回の体験を生かしたシナリオを作ると張り切っていた。
シナリオに行き詰ると、L.L.がC.C.用に作ったと言うソフトをつかい、突然即興で新たなゲーム用音楽をキーボードで弾き出したり、ペンタブレットという物を取り出し、パソコン画面にそのペンを置くと、すらすらとペンを動かしドット絵を作り上げていく。どうしてドット絵に拘るのか聞いてみたが「私もL.L.もゲーム向きの絵など描けないからな。ためしにドットで描いてみたらそれっぽいのが描けたから、ドットで描いているだけだ」と、あっさり言われた。こだわりでドット絵ではなく、誤魔化しでドット絵なのだとファンが知ったらどう思うだろう。
さて、戦闘マップではセーブが出来ないので、通常マップへ戻らなければ。
僕は再びゲーム画面を操作し始めた。

「なんだC.C.。枢木にテストプレイをしてもらっていたのか?」

後ろから声が聞こえたので慌てて振り向くと、すぐ後ろにL.L.が立っており、僕の手元を覗きこんでいた。
すぐそばにあるその顔と、お風呂に入ったのだろうか、石鹸の香りが僅かにして、一瞬どきりと心臓が高鳴ったが、気配に敏感なはずの僕が此処まで接近されても気づかなかった事に、ざわりと全身に寒気が走った。
ゲームに夢中になっていたから?
いや、そんなはずはない。
寝ていても人が近寄れば気づくのに。
そんな僕の変化に気づく様子もなく、L.L.は再びキッチンへ戻ると、お茶の道具一式を持って来た。
その後ろに居たC.C.の手には沸騰したお湯の入った鉄瓶。
今朝も見た光景だ。
懐かしい香りのするほうじ茶が入れられ、僕は湯飲みに口を付けた。

「そうだL.L.。明日此処を立つのはやめた」
「・・・そうか。それは良かった」

彼女の気まぐれに振り回される事に慣れているのか、一瞬その柳眉を寄せた後、呆れたようにそう口にした。

「枢木から魔女狩り特例の話が出た時点で、私達の行動もまた枢木の管轄になるのだろう?ならば勝手に夜逃げすれば、色々問題が出そうだ」

そう言いながら、C.C.は僕の方へ視線を向けた。

「そうだね。僕の調査が間違いで、正体がばれる前に逃げ出した、と上が判断したら大変だから、片付くまでの間だけでも、ここに居てほしいな」
「成程、ならば余計に動けんな。今回の件が終わるまでここに居るぞL.L.」
「まったくお前は・・・まあいい、好きにしろ。俺は何処でも構わないからな。ただ、この所引っ越し続きだからたまには一ヶ所に留まらせてくれ。流石に疲れてきた」
「そうだな。せっかく幽霊でも出そうなほど荒れていたこの屋敷を、ここまで綺麗にしたのだから、暫くはここでのんびりしたいものだ」
「この屋敷、そんなにひどかったの?」

荒れていたなんて思えないと、僕は部屋の中に視線を巡らせた。

「まあ、荒れていれば、その分安いからな」
「L.L.は仕事が煮詰まると料理か部屋の掃除や修復を始める。この屋敷に来て3ヶ月、プログラムの詰めの作業をしていたせいもあって、L.L.は始終イライラしていたからな。直す箇所も清掃箇所も多いこの屋敷は、良いストレス発散になったんじゃないか?」
「別にいいだろう。綺麗になれば売る時は買値以上で売れるのだし、何より仕事が終わった時に、綺麗な場所で過ごすのは気分がいい上に達成感もある」
「もしかして、二人しかいないのに、大きな屋敷を買う理由ってそれなの?」
「それもあるが、襲撃された時狭い家だと動きまわれないだろう?私の長い脚を生かせる広さというのは必至条件だ」

成程。L.L.はともかくC.C.は蹴り技を得意としているらしく、それなりの広さがなければ戦いにくいだろう。これだけの屋敷なら、万一囲まれたとしても、そこから一時逃げ出し体制を整えるだけの広さも部屋もある。
それにしても。と、僕は視線をL.L.に向けた。どこぞの国の王子様と言われても納得出来るこの容姿で、ストレス発散が料理と、自宅の掃除と修復なんて、誰が想像できるだろう。美人な上に炊事、洗濯、掃除と、どれも完ぺきにこなすなんて、世の男性がお嫁さんに欲しいと願う理想そのままだ。
本来であれば競争率が高く、ライバルも多いはずの相手だが、その病気のせいでライバルと言えば今分かる限り一人だけ。
いや、二人か。
すでに鬼籍に入っている親友のスザク。
おそらく僕にとって一番の強敵は彼だ。
まずは僕を僕として認識してもらう事。その為にも出来るだけ行動を共にしたい。その為に利用できるものは何でも利用するべきだ。

「昼間、上司と連絡を取ったんだけど、此処の住人色々危ない感じなんだ。だから、表向きは君達の中に入り込んでの調査として、僕もここに住まわせてくれないかな?」
「表向きは?」
「そ、近隣住人向けの口実。本当は君達の護衛だよ。近隣住人数人と話をしたけど、魔女狩りをする可能性がかなり高いと僕達は見ている。彼らの猜疑心を、僕が直接この屋敷の中まで調査に入っていると言う事で抑えるのが目的だよ」
「それはまた、いい口実を考えた物だな」

C.C.はそう言いながら冷たい視線をこちらに向けてきた。
当然か、僕は既に彼女に対し宣戦布告をしているのだから、敵である僕を内側になど入れたくは無いだろう。
出来れば今すぐ追い返したいはずだ。
でも、引くつもりは無い。

「勘違いしないでよね。これは僕の上司からの提案。僕も驚いたんだから」
「そういえば聞いていなかったな、特例の施行までのどぐらいかかるモノなんだ?」

話を聞いていたL.L.は、飲み終わった湯飲みに新しいお茶を注ぎながら聞いてきた。

「上司の話では1週間は欲しいって。近隣住人・・・ちょっと危ない連中で、犯罪を平然と行っている。この屋敷に庭を荒らしているのも彼らだし、僕に対して盗聴までして来たからね。だから、彼らを逮捕するための準備も同時進行で進める事になった。その辺はうちの上司に任せれば問題ないから、1週間もしたらここは静かになるよ」

だから、その為にも、僕もここに住んでもいいかな?

「駄目だと言っても、お前は強行しそうだな」

顔に大きく嫌だと書いているように見えるC.C.の視線を受け流しながら、僕はにこりと笑った。

「仕事だしね。魔女狩りをさせるわけにいかないし」
「だそうだL.L.、私達に拒否権は無いらしい」

あからさまに不機嫌という声音でC.C.はL.L.を見てそう言った。

「そのようだな。仕方ない、諦めろC.C.。まあ、家の中に他人、しかも男が入るのは嫌かもしれないが、枢木はお前に危害を加える様には見えないから大丈夫だろう」

その言葉に、狙われてるのが自分だなんて考えても居ない事がわかり、C.C.はこの1週間L.L.には気づかせないまま乗り切る方法を、スザクはこの1週間で気付かせる方法を考え始めた。
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