夜の隣人 第25話

雲ひとつない青空と美味しい空気の中、鼻歌でも歌いかねないほど上機嫌なスザクがじんわりと汗をかく程度のペースで軽く走っていると、すぐ傍で声をかけられたので、足を止め声方へと振り返った。
にこやかな笑みを浮かべながら片手を上げ、もう片手をポケットに入れた格好でこちらへと男が近づいてきた。
その姿にスザクは思わず眉根を寄せかけた。
あの店で会った、玉城という名の犯罪者。
気持ちのいい朝のランニング中には正直会いたくなかった相手だが、粗雑に扱えば何を仕出かすか解らないため、友好関係を築くべき相手でもある。
これ以上二人に干渉させない為にも、あの屋敷に滞在しても無事なのだとアピールしなければ
スザクは爽やかな好青年というイメージを与える笑顔を玉城に向けた。

「おはようございます」
「おう、おはよう。なんだ、朝から訓練か?」

ズカズカと、ガニ股で歩いて来る男からは、チンピラ臭しかしない。
L.L.とC.C.という洗練された人物と一緒にいたせいか、目の前にいるだらしない姿の男に、思わず冷めた視線を向けてしまう。
表情は笑顔のままなので、目の前にいる男はその事に気づいていないようだった。

「はい。こんな仕事ですからね、体力作りは欠かせません」

そう話しながら周囲に視線を向けると、ここは扇の店の近くだと言う事にようやく気がついた。いつもとは違うルートで走っていたとはいえ、なんてミスだ。表情にこそ出さないが、スザクは激しく後悔していた。

「吸血鬼相手にこれから戦うんだから、体力作りは必要だよな」

既に彼の頭の中では、スザクは吸血鬼と戦い勝利するというシナリオが完成しているらしい。納得したと言う顔の玉城に「まだ調査中ですから、解りませんよ?」と、笑みを崩すことなく答えた。

「それより、お前朝飯はどうしたんだ?まだなら扇の店に行こうぜ」

まるで古くからの友人に接するような、良く言えば気さくに、悪く言えば馴れ馴れしい態度で扇の店を指差しながら玉城が言うので、どうするべきか考えた。
はっきり言って断りたい。
あの店で食べるぐらいならコンビニに直行する。
だが、断るなら理由が必要だ。
悪い印象は与えたくはないのだが、ある程度は仕方がないか。

「まだ食べていませんが、あのお店は・・・」
「なんだ?何か問題あるのか?」

言い淀みながらそう言った僕の言葉に、玉城は眉を寄せそう聞いてきた。
こちらを訝しむような視線。
まさか操られてんじゃねーだろうなぁ?
そう言っているように見えた。
その勘違いは困る。
僕は苦笑を顔に乗せ、肩を竦めながら答えた。

「殆ど生のパスタを出すお店は初めてでしたから。味はともかく、お腹を壊すわけにいきませんからね。この仕事は体が資本ですから、ちゃんと食べられるお店に今日は入ろうと思ってました」

玉城は昨日の不味いパスタを思い出したのだろう、あ。と声を上げた。
冷たいレトルトのソース、殆ど生の固いパスタ。それを玉城も口にしていたはずだ。あれならまだ茹で過ぎていたほうがマシだった。

「いや、あれはたまたまなんだ。普段はちゃんとした物を出すんだぜ?」

飲食店を経営していて、そんな言い訳通用すると思っているんだろうか?
玉城はきっとほかの店で同じような物を出されたら、絶対にキレて騒ぐタイプの人間だ。でも、自分の知り合いには甘いのだろう。
その程度の事気にするなよと、扇の店に誘うのを諦めてはくれないようだった。

「それに、吸血鬼たちと一晩一緒にいて、どうだったかも聞きたいしよ」

まあ、それが目的なんだろうね。
今朝も屋敷内に侵入したようだし、ランスロットの周りにも足跡が残っていたからね。
流石にランスロットに触るような真似はしなかったようだが、スザクが中にいる事は知っていたのだ。
スザクは表情こそ笑顔のままだが、心底呆れていた。組織が動いた時点で、どの内容も機密事項だ。それを一市民にぺらぺらと話すと思っているのだろうか。
むしろ、昨日あれだけ言ったのにもかかわらず、こうして声をかけてくるなんて厚顔無恥にもほどがある。
天然タラシと称されているスザクは、昨日店を出る前に彼らを心配するような発言をした事で、彼らの好感度が上がっていた事に全く気付いていなかった。
あんなキツイ言い方をしたのは、自分たちを守るためなのだ。自分達を危険な目に合わせたくないと一人で無理をしているのだ。自分達に遠慮する必要などないのに。という結論に彼らは達していたのだ。

「申し訳ありませんが、今後の作戦にも関わってきますので、自分は何も話せません。それに、もし彼らが魔物なら、僕の動向を眷族に見張らせている可能性もあります。頻繁に同じ店に入る事は避けなければなりません。ですから・・・誘ってくれてありがとうございます」

スザクはにっこりとその顔に笑みを浮かべると、鍛錬の途中なのでと足早にその場を去った。
このやり取りで彼らは更に勘違いするのだが、スザクが気づくことは無い。
ようやく玉城から離れられた安堵からか、朝食の話をしてしまったせいで目を覚ました食欲がお腹を鳴らした。
走りながら深い深い溜息を付く。
辺りを見ながら走っているのだが、飲食店らしきものがあってもどの店もシャッターが降りていた。

「・・・お腹空いたなぁ。この辺の飲食店、この時間にやってるのあの店だけなのかな。まあいいや、コンビニに行こうっと」

今はお腹いっぱい食べたい気分だし。
朝とは真逆の陰鬱な気分でスザクは走った。
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