夜の隣人 第28話


「お前、こんな所で何をしているんだ?」

その声で、目を覚ました。
目の前には、顔を覗き込むC.C.の姿、そしてその後ろには満天の星空が見えた。
星空。
つまり夜だ。
妙に痛む体をどうにか起し辺りを見回すと、木の家の扉の前。
どうやら此処で倒れて意識を無くしていたらしい。
今までそんな事なかったのにと、スザクは呆然とした顔でC.C.を見た。

「日が落ちてもお前が戻ってこなくて、L.L.が心配していたぞ?まあ魔女の森に侵入した者が居たから、念の為見に来て良かったよ。お前、ここには何時からいるんだ?」
「・・・えーと・・・13時頃かな?」
「7時間もこんな場所に倒れていたのか。立てるか?」

7時間も倒れていた。その事に驚きながらも、スザクは言われるまま立ち上がった。
一瞬ふらついたが、体に問題は無さそうだ。

「いいか枢木。ここは魔女の森と言って危険な場所だ。人が踏み入ってはいけない場所なんだよ。もう日が暮れて大分経つ、急いで森を出るぞ」
「危険?この森が?」

あの美しい森が危険だなんて信じられない、と言う声音でスザクは言った。

「それは昼の森だろう?夜になれば森はがらりと性質を変える。本当ならこの家で朝を待つ所だが、L.L.を一人にするのは心配なんだ。お前は教団の人間だし、どうにかなるだろう」

何時になく真剣な声音のC.C.に、僕は気を引き締めた。
彼女はこんな場で冗談を言う人物ではない。という事は、本当に危険なのだ。

「解った。急いで戻ろう」
「ついてこい。出来るだけ安全なルートを通る」

そう言うと、C.C.はきょろきょろと辺りを見回した後、こっちだと走り出した。
その言葉に従い、僕も彼女の後を追い、走り出す。

「C.C.、そっちだと遠回りだよ」
「急がば回れ、という言葉が日本にはあるだろう。今はその通り急ぐなら遠回りした方が早いんだ。見た目に騙されるな、この森に食われるぞ」

こちらを振り向くことなく真剣な声音でそう言うので、スザクはC.C.に任せようと、口を出すのはやめた。何せ今L.L.を一人にしているのだ。早く帰りたいのはC.C.も同じ。しばらく走った所で、C.C.が慌てて足を止めた。

「チッ、ここも抑えられたか」

きょろきょろとあたりを見回した後、また別の方向へと足を向ける。何を見て判断しているのかは解らないが、C.C.の声が切迫していて、自分には関知できない何かを間違い無く感じている事は理解できた。
何度か足を止め、そのたびに方向を変えながらC.C.は走り続ける。
その足は並みの男よりも早く、すでに30分以上走っていると言うのに息を乱す事がなかった。

「枢木、このペースならあと10分で森を抜ける」

あと少しだと言うその言葉に、僕は安堵の息を吐く。
何が起きているのかは解らないが、教団の人間であるスザクと共に逃げる選択をするのだから、間違い無く危険な何かがあるのだろう。
そう思った時、C.C.が再び足を止めた。
きょろきょろとあたりを見回し、チッと舌打ちをした。

「囲まれたか。そこまでしてこの男を殺したいか、お前たち」

周囲に警戒し、スザクを背に庇うようにするC.C.の言葉に、スザクは警戒を強めた。
何が居るかは解らないが、殺されるつもりはない。

「悪いが、この男をこれ以上害する事は私が許さんよ。そこを通せ、主ら」

まるで命令を下すかのようにC.C.は暗闇に言葉を投げかけた。
すると、ざわざわと風もないのに木々が揺れ、葉が舞い上がった。足元に生えた草花も、さわさわと、まるで足に絡み着こうとするように揺れる。

「C.C.、もしかして、この森の魔女が?」
「・・・違う。かつてこの世界の大半を支配していた神々だ。彼らは魔物狩りの被害にあい、住んでいた土地を追われ、今は多くの神がこの地に住みついている。お前も知っているだろう、世界各地の急速な砂漠化を。あれは神がその土地を追われた結果だ」
「え?」
「人間は、この世界を構成する存在・・・神と呼ばれるモノと、魔物の区別がつかない。その為彼らを追い、あるいは殺害し、自分達の手で世界を荒廃させている。・・・まあ、今する話ではないな。とにかく、今私達の周りにはそう言うモノがいるんだ。あの家の周辺では、お前の意識を飛ばす程度で済んだが、あの領域を抜けた以上、私から離れれば、たとえお前が教団の訓練を受けたと言えど瞬殺されるぞ」

1対1なら教団の人間にも勝ち目があるが、私達を囲んでいるのはすでに数十。
人間が相手をするには多すぎる。
スザクは、視線を真っ暗な森の中へ向けて目を凝らすと、そこには獣の目が見えた。良く見ると、森の中で見た動物達が、じっとこちらを見つめていたのだ。夜に活動しないはずの鳥達もいて、一様にその瞳が赤かった。その目に気がつき周囲を見渡すと、こちらを取り囲むように無数の目が光り輝いていて、その異様な光景にスザクは背筋を震わせた。

「こいつらはな、夜、動物達が眠った隙にその体を乗っ取り、こうして現れる。油断するなよ、姿は愛らしい動物でも、力は超常の物だ」

すっ、とC.C.が目配せした先を見ると、人口の明かりが遠くに見えた。あと10分と彼女が言っていた。つまり出口はもうすぐそこなのだ。

『人間が偉そうによく話す』
『お前達が私達を追ったのだ。許せぬ、許さぬ』
『この森にまで手を出す者を我らは消すのみ』
『この森を穢した人間、許さぬぞ』

「・・・枢木、お前何をしたんだ?」

まるでお前がこの森に何かをしたから怒っているようなんだが?とC.C.が聞いてきた。

「何って・・・森の中を歩いて、あ、苔の上歩いて足跡付けた事かな?それとも写真を撮った事かな?」
「・・・くだらない。その程度では怒る理由にならないな」

『お前の仲間、傷つけた』
『お前の仲間、踏み荒らし、土地、穢した』

仲間?
誰の事だと、警戒を解くことなくスザクは眉を寄せ考えた。

「お前、誰と来たんだ?」
「一人で来たに決まってるだろ?僕の仲間って誰!?」

今回はスザク一人の仕事だ。なにせガセとしか思えない内容の依頼。教団の人間が複数動くはずがない。だからその仲間は教団の人間ではない。

『嘘を吐くな!お前の後に入って来た!』
『お前の仲間だと言っていた!』
『人間はうそつきだ!』
『人間の言葉など信じぬ!』

ざわざわと更に大きな音を立て、木々が揺らめき、獣たちは唸り声を上げた。これは拙い。スザクは本能でそれを感じ取り、C.C.と背を合わせるように立った。

「嘘ではないぞ主ら。この男はそんな嘘をつかない。この私が保証しよう」

『人間の保証など意味は無い』
『人間が偉そうに語るな!』

「人間?私がか?もしかして、お前たちはこの私を知らないのか?私は、C.C.だ」

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