夜の隣人 第29話


私は、C.C.だ

C.C.が怒りを込めて名乗ると、とたんに木々の揺れが静かになった。
殺気に満ちていた空気が急激に変化していくのが解り、スザクは戸惑いながらもC.C.へ振り返った。

「・・・えーと、C.C.?」
「黙っていろ枢木、まだ終わっていない」

スザクにだけ聞こえる声音で、C.C.はそう呟いた。
その声は緊張しており、思わずスザクはごくりと唾を飲み込んだ。
何が何だか分からないが、今は手を出すべきではないようだ。
それから僅か後、静かにこちらを見つめていた動物達の瞳はひときわ赤く輝き、ざわざわと再び木々が揺らめき出した。その揺れは先程の比ではなく、まるで強風に揺られているかのように、枝が大きくしなりながら揺れ、足元の草が、うねうねと絡みつき始めた。獣達の声が森のなかに響き渡り、まるで悪夢のような光景だった。

『C.C.と名乗るか』

怒りと侮蔑を込めた声が響き渡る。

『C.C.を名乗りながら我らから逃げるか』
『偽物め、嘘吐きめ』

人間の浅はかさを嘲笑うように、声が響く。

『魔女の名をかたり、名を穢す偽物め』

怒りに満たされた声と共に、ざわざわと、木々の揺れがさらに大きくなった。地面を踏み鳴らすようなドンドンドンと言う大きな音と、敵対心をむき出しにした獣たちの唸り声が辺りに響き渡る。
恐慌状態に陥りかねないその状況の中心に居ながら、スザクはそんな周囲の様子よりも、その会話の内容の方へと意識が行っていた。
今何と言った?
魔女と言ったのか?
そうだ、先ほどC.C.は人間だと言う事を否定しなかったか?

「この愚か者どもが。私を疑うか?このC.C.を偽物というか」

気にいらないと言いたげに、地の底を這うような低い声音でC.C.は言った。
その声音は周りの状況をはるかに超えるほど恐ろしく、スザクは知らず身を固くした。

『何処をどう見ても貴様は人間よ。恐れ多くも魔女を名乗るとは片腹痛い』

まるで嘲笑うかのように、木々はざわざわと大きく枝を揺らした。

「・・・喜ぶべきか、悲しむべきか。人として長い間暮らした事で、人と間違われるほどになっていたのか」

感情のこもらない声音で、C.C.は言うと、視線をスザクへと向けた。

「お前に、魔女だと言う事を隠す為走ったと言うのに、結局ばらしてしまったし、L.L.は怒っているだろうし、腹は減るし、疲れたし、最悪な気分だよ。・・・仕方がない。これ以上時間を無駄にするのは馬鹿馬鹿しいから、魔女らしくこいつらをシメてくるか」

淡々とした口調でそう言うと、C.C.は息を一つ吐いた。
そして、腕を組み、顎を上げ、見下すような視線を森へと向けた。

「おい、お前達。私は怒ったからな?住処を追われた可哀想なお前たちを、この森で保護はしたが、お前たちは悪さばかりしている。こんな事、私の魔王が知ったら、お前達全員消されるぞ?まあ、私は優しいからな。今回は少々お灸をすえる程度で終わらせるが、次は無いからな」

重く、低い、背筋も凍るような声音でC.C.はそう言うと「枢木は動くな」と言い置いて走り出した。C.C.が木々の中へその姿を消すと、森のざわめきはピタリとやんだ。
今までとは一転し、恐ろしいほどの静寂があたりを包み込む。
そして。

『ぎゃあああああああ』
『魔女だ!魔女C.C.だ!!』
『お許しを魔女様!』

響き渡る悲鳴と、逃げまどう動物達の足音がスザクを中心とした周りに響き渡る。蜘蛛の子を散らす様に遠のいていった足音に呆然としていると、森の中から不機嫌そうな顔のC.C.が姿を現した。

「終わった。帰るぞ枢木。L.L.に叱られる覚悟はしておけ」

いつもと変わらない様子で、C.C.はそう言うと明りを目指して走り出した。
質問をする間もなく駆け出したC.C.の背を追い、スザクも駆け出す。
困惑した頭では、目の前を走る少女の背を追いかけるしかできなかった。
今見たのは何なんだ?
今聞いたものは何なんだ?
魔女。
魔女の森。
C.C.は魔女。
人外。
魔物。
敵。
敵?
僕を守ってくれた彼女が魔物?
こうして外へと案内してくれる彼女が敵?
では、L.L.も?
10分とC.C.が言った通り、走り出して10分後二人は森を抜けていた。
遠くからも見えていた明かりは、C.C.とL.L.が住んでいる屋敷の屋上に設置されていた照明だった。森に入り込んだ迷子対策に昔設置した物で、最近は誰も入らないから普段は点けていないのだと言う。
C.C.は敷地内に駆け込むと端末を開き、侵入者が居なかった事を確認し、ホッと安堵の息を吐いた。
スザクも携帯を確認してみると、エラーは解除され、通常の画面に戻っていた。
時間は23時。
思っていた以上に森の中を走っていたらしい。
屋敷内へ入り、ダイニングの扉を開けると、そこには美味しそうな料理が所狭しと並べられていた。
とても3人で食べきる量ではないそれに、スザクは驚き、C.C.は溜息をついた。

「ああ、中々私達が戻らないから、相当イライラしていたようだな。手当たり次第に料理を作ったらしい。お前も食べきる手伝いをしろ。残したら怒られるぞ」

その表情には疲れと安堵と、喜びが混じっていて、先ほど魔女と名乗ったC.C.とは別人にみえた。
キッチンを覗くがL.L.の姿は無い。
C.C.とスザクは、手と顔を洗い、ダイニングに戻るがまだL.L.の姿は無かった。
まさか彼の身に何か?とスザクは不安を感じたのだが、C.C.は落ち着いた様子で「よっこらしょっと」と年寄りのような事を口にし、椅子に座った。
魔女と言うぐらいだから見た目は若いけど、中身はおばあちゃんなのかな?と失礼なことを考えながら、スザクもまた席に着いた。
聞きたい事は沢山ある。問いたださなければならない事は山ほどある。
目の前にいるのはスザク達ブリタニア教団の敵とされている人外なのだから。
だが、スザクは不思議とC.C.に警戒心を抱く事は無かった。
C.C.と共に居るL.L.にもだ。
これも魔女の魔法なのだろうか?
自分は懐柔されたのだろうか?
スザクはそう思いながらじっとC.C.を見た。
そんな視線に気がついたC.C.は真剣な表情で見返してきた。

「いいか枢木。L.L.の怒気を殺げ。あいつが本気で怒ったらシャレにならないんだ。今回は私達を心配して怒っているのだから、基本は安心させる事だ。命を助けたのだから、そのぐらい協力しろ」

若干怯えをにじませたC.C.の様子に、スザクはそれまで考えていた雑念を捨て、真剣な顔で頷いた。彼女の怯え方から、L.L.を怒らせるということは、魔女と一緒の食事よりも恐ろしい事のように思えたのだ。
その時、カツカツカツと、階段で上の階から下りてくるような足音がエントランスから響いてきて、C.C.は「来たぞ」と真剣な顔で言った。
ダイニングのすぐ外まで足音が聞こえ、二人は口を噤んだ。
かちゃりとその扉を開けたのは、眉根を寄せ、不機嫌そうな顔のL.L.。

「ただいまL.L.。どうした?そんな顔をしてはせっかくの美人が台無しだぞ?」
「ただいまL.L.。遅くなってごめんね?僕お腹すいちゃった。ねえ、これ食べていい?」

そんなL.L.を二人はいつも以上に爽やかな笑顔で迎えた。

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