夜の隣人 第30話


それはそれは見目麗しい2人が、にっこりと、穏やかで爽やかな笑みを向けてきた上に、その発言内容が平時と全く変わらない物だったため、L.L.は一瞬で絆されていしまい、怒るに怒れなくなってしまった。
なにせL.L.が愛してやまない3人のうちの2人(片方はそっくりさんだが)なのだ。
普段では有り得ないほど愛らしい笑顔を向ける2人に、絆されないはずがなかった。
怒ったままの表情で固まったL.L.の姿に、C.C.は内心ほくそ笑んだ。
勝ったな。
そう確信した。
枢木スザクが何も聞かず、その上あっさりと協力してくれたのが効いた。
中身はともかく、見た目は二度と見る事は出来ないと思っていた、懐かしいあのスザク、破壊力は抜群だ。
L.L.は暫く視線を彷徨わせた後、諦めたように息を吐いた。

「手は洗ったのか?」
「洗ったさ」
「もちろん」
「わかった。じゃあ、遅くなったが食事にしよう。・・・だいぶ冷めてしまったが・・・」

L.L.はテーブルに並んでいる料理を見回した。一応ラップは掛けているから乾燥はしていないが、すっかり冷めてしまっている。ピザ以外冷めても大丈夫な物をだが、一番おいしい状態は逃してしまった。

「・・・温め直すか」
「いや、私はこれで構わんぞ?これ以上待たされたら、空腹で倒れそうだ」
「僕もこのままでいいよ。早く食べたいな」

そうか、とL.L.は若干不満ではあるが頷いた。
なにせ二人は未だにあのにこやかな笑顔のままなのだ。
餌が欲しいとねだる子犬と子猫にも見え、L.L.は強く出る事が出来ず、席に着いた。
食事が始まると、C.C.とスザクはおいしいおいしいと、次々箸を進めていき、L.L.は少々呆れながら、それでも嬉しそうに二人を見ていた。

「あ、L.L.すまない。枢木に色々ばれた」

幾つか皿を空にしたC.C.が、忘れてたというような口調でそう言った。

「・・・色々?」

その言葉に、L.L.は眉を寄せ、食事の手を止めた。

「色々だ。この私が親切にも森に住まわせてやっていたと言うのに、たまたま森に入り込んだ枢木を殺そうとしたんだ。枢木はあいつらのせいで私の古巣の前で7時間も倒れてたんだぞ?・・・ああ、やったのは最近逃げ込んできたやつらだ。穏便に片付けようと仕方なく名乗っても、私がC.C.だと言う事も信じないし、私を馬鹿にして枢木と一緒に殺そうと殺気を当ててくるしで、腹が立ってな。ちょっと、懲らしめてしまった。ああ、見られてはいないぞ?」

C.C.はそう言いながら、L.L.はどうせ食べきれないだろうと、L.L.の皿に手を伸ばした。

「・・・お前」
「仕方ないだろう、そうでもしなければ流石に枢木が教団の人間でも無理だ。武器も持たずに行ってたしな」

二人はほぼ同時にスザクへと視線を向けると、スザクは困ったように眉尻を下げた。

「いくらなんでも危機意識が足りないんじゃないか?魔女の森と言う話を聞いて入ったんだろう?それなのに丸腰で行ったのか?」

L.L.が叱るように言うと、スザクは視線を外しながら頬を掻いた。

「なんとかなるかなって?」
「なるわけないだろう!馬鹿かお前は!仮にも教団の人間が、そんな事でどうするんだ!」

眉を寄せ、キッと目を吊り上げながらそう怒鳴られたスザクは、反射的に体をびくりとさせ「ごめんなさい!」と、頭を下げて謝っていた。
今L.L.に逆らってはいけない、怒らせてはいけない。
怒らせたら・・・きっと、死ぬほど後悔する。
C.C.が怒気を殺げと言った時から、スザクはそう感じていた。
素直に謝られた事で、それ以上何も言う事が出来ず、L.L.はムスッとした顔で紅茶を口にした。
スザクはそっとC.C.に目を向けると、それでいい。と言いたげに、C.C.は頷いた。

「まあいい。二人とも無事だったようだし、もう終わった事だからな。今さら何を言っても変えられないか。それより、どうする気だ枢木。のんきに食事をしていていいのか?」

再び食事を始めたスザクに、L.L.は呆れたような表情でそう言った。

「へ?何で?」
「何でってお前な・・・自分がなんのためにここに来たのか忘れたのか?俺たちが吸血鬼なのだと解った以上、お前はどうする気なんだ?」
「・・・え?吸血、鬼?」

スザクはL.L.の言葉に、思わず手にしていたフォークを落とした。
カチンと、陶器と金属がぶつかる音が響く。
驚いた表情のままこちらを見つめるスザクの反応に、L.L.はC.C.を見た。

「ああ、吸血鬼という部分は、まだばれていなかったんだ」

これは困ったな。と、C.C.は何でもない事のように呟いた。

「C.C.!!」
「煩いな。ばらしたのはお前で私ではないぞ?」
「そうだが、色々ばれたと言っていただろう!」
「ばれたさ。色々と。私が魔女だとかそういった類の事が。種族的な話はまだだ」

既に冷めてしまったピザをパクリと口にしたC.C.の言葉に、頭が痛いと言いたげにL.L.は額に指を当てて俯いた。
その様子をスザクは呆然と見ていた。

「この魔女が!!」

何時になく低い声でL.L.がそう吐き捨てると、C.C.はくくくくく、と楽しそうに笑った。

「勘違いしたお前が悪い。まあ、どうせばらすなら、全部ばらした方が良いとは思ってはいたが、お前、私の予想以上にあっさり口にしたな」
「黙れ魔女!」

俯き、怒りを抑えているようなL.L.とそれを見ながら楽しげに笑うC.C.。
この二人が吸血鬼?でも日光を浴びても火傷で、診断書もあって?魔女?あれ?魔女も人外?これって完璧に僕の殲滅対象なんじゃないか?この二人が!?そこまで思いいたって、スザクはさっと顔を青くした。

「ちょ、ちょ、ちょっとまって!」
「落ち着け枢木。顔色が悪いぞ、まずは水でも飲め。今さらだが、薬とかそういう類は入れないし使わないから安心しろ」

どもりながらそう言うスザクに、C.C.は水を勧めた。
スザクは勧められた水に視線を落とすと、ごくり、と喉を鳴らした。
吸血鬼が入れた水、飲んで大丈夫か?
C.C.に視線を向けると、いかにも魔女と言うような、今まで見た事のないほど意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
L.L.は俯いたまま顔を上げなかったため、表情は解らない。
水を飲むか、飲まないか。

「・・・今さらだよね。これだけ食べた後に心配するなんて」

考えるだけ馬鹿馬鹿しいと、スザクは一気に水を飲んだ。
その様子に、C.C.は楽しげに眼を細める。
スザクはムッとした表情でC.C.を見、再びフォークを手に取ると、L.L.の前にある皿に手を伸ばした。

「そうか、吸血鬼なんだ二人共。で?どうして太陽で火傷程度のダメージなのさ」

完全に開き直り、美味しそうに肉を一口食べながら、スザクはそう訊ねた。

「吸血鬼と一括りで呼ばれてはいるが、さらに細かく幾つもの種が存在している、と言うだけの話だ。私達はその中でもロイヤル種と呼ばれていてな、前に見せた通り太陽のダメージは火傷という形で現れる。他の種のように灰になる事は・・・まあ、太陽の光を浴び続ければ、そのうちなるかもしれないが、時間はかかるな」

そう言いながら、C.C.は包帯をするすると解いていった。
現れたのは透き通るような白い肌。
傷跡一つ、ましてや火傷の痕などそこには無かった。
その様子に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「吸血鬼の治癒力は非常に高い。とはいえロイヤル種はその中でも低い方で、あの傷が完治するまで私は2日かかった。L.L.は4日だ。L.L.はロイヤル種の中でも治癒力は低いからな」

ただし、手当をしなければ倍以上かかる。
L.L.も包帯を解くと、そこにはC.C.同様傷跡一つ残っていなかった。
つまり二人が包帯をしていたのは、スザクに完治している事を悟らせないため。

「・・・ロイヤル種でも吸血鬼なんだよね?僕は君たちが血液を飲んでいるのを見ていない。いつ飲んでいたんだ?」

人と同じ食事をする事があったとしても、吸血鬼の主食はあくまで生血だ。
特にL.L.は、ここ数日スザクがべったりとついて歩いているような状態だった。
共にいて、血を口にする素振りなど見ていない。
そのL.L.にべったりなC.C.も同じだ。

「それは偏見だ。吸血鬼にとって、血液は嗜好品。酒や煙草のようなものだ」
「え?」

聞き間違いか?と、思わずスザクは目を瞬かせながらC.C.を見た。

「酒もタバコも、摂取しなくても生きていけるだろう?だが、人は酒を欲し、タバコを吸い、また飲みたい、また吸いたいとそれらに手を出す。それと同じだ」
「そんな話、聞いたことがない!」
「その方が教団には都合がいいから公表されないだけだ。血への欲求には種族差があり、私達はそんなに血を欲しない。確かに血は美味いとは思うよ、どんな高価な酒よりもな。だが、こうして水や茶で普通の渇きは癒えるのだから、わざわざ飲む必要もないと考えている。ただ、ごく偶にだが無性に血が欲しくなる時がある。何を飲んでも癒えない渇きに襲われる時が。その時ぐらいだな飲むのは。・・・だが」

C.C.は席を立ちL.L.の元へ移動すると、躊躇うことなくL.L.のその白い腕に噛みついた。
L.L.はその瞬間痛みに顔を歪めたが、すぐに表情を戻すと、呆れたように嘆息した。
C.C.は上目遣いでL.L.の様子をうかがった後、噛みついていた腕からゆっくりと口を離した。今まで見る事のなかった吸血鬼の牙がそこに深く刺さっており、ゆっくりと牙が抜かれた事で、ツ・・・と、血が流れ落ちる。
C.C.は流れ落ちる血液をその舌で受け止め、慣れた仕草で血を舐め始めた。
見目麗しい男性の腕に、妖艶な瞳を向けた女性が噛みつき舐める。
見てはいけない物を見ているような、そんな姿にスザクは苛立ちを感じた。
一通り舐め終わると、C.C.はその腕から口を離す。

「と、まあ、この程度の量で渇きは癒える。だから私はL.L.のを飲むし、L.L.は私のを飲む。それで十分満足だ。何より、見た目や性別で気に入ったからと、知らない人間の血など飲みたくもない。どんな病気を持っているか解らないしな」

見知らぬ他人の血液など気持ちが悪い。
口元を手の甲で拭いながら、C.C.は自分の席に戻ると、水の入ったグラスを傾けた。
L.L.は救急箱を手に、手当のためキッチンへ向かった。
戻って来た時には、C.C.の牙の跡に、絆創膏のような物が貼られていた。

「吸血鬼の血を飲むの?」
「なぜ疑問形なんだ?同族の血では駄目な理由があるのか?」

質問を質問で返されてしまうと、スザクは答える事が出来なかった。

「さっきも言ったが、血や栄養の不足分を補っているわけではないのだし、少量なら同族の血で十分だろう。他の連中は、それでも足りないのか、同族の血が不味いからなのかは知らないが、人間に手を出しているが、私達を一緒にするな」

あと、吸血鬼に血を座れたら吸血鬼になるという話は、デマだからな。
そう言いながら、C.C.はいつの間にかデザートを食べ始めた。

「全部食べきるんじゃなかったの?口休め?」

デザートって、最後に食べるよね?

「私はか弱い乙女だぞ?お前の底なしの胃と一緒にするな。そろそろ限界だから残りは任せた」

ざっとテーブルの上を見回すと、残っているのはあとL.L.の分だけだ。
その事に気がついたL.L.は席を立つと、空いた皿を片づけ始め、スザクはL.L.の皿を手にとった。そして迷うこと無くそれらを口にする。
その姿を見ていたC.C.は目を細め、ニヤリと笑った。

「まあいい、枢木。合格だ」
「合格?何が?」
「私達を敵とし、隙を見て攻撃を仕掛けてきたら、私もL.L.も戦う事を選んだが、お前はそうしなかった。まあ、今のところは、だが。ああ、お前を眷族に迎え入れる話ではないからな。勘違いはするなよ」

L.L.が作ったのだろう、以前スザクがかってきたお菓子に見た目がそっくりな物を手に取りながらC.C.はそう言った。

「・・・で、何が合格?」
「私達の扱いに困っているんだろう?」

図星だったのだろう、スザクは口を閉ざした。

「だから、褒美に今回の件の解決策を教えてやるよ」
「解決策?君達を見逃せってことかな?」
「いや?お前の上司にこう言え。ここに住んでいたのは吸血鬼のロイヤル種でした、とな。お前の上司が余程の馬鹿でない限り、それで終了だ。私達は面倒だから明日の夜にはここを離れるから、探すなと言っておけ。追ってきたら敵対行動とみなすとな」
「・・・意味が解らないんだけど?」
「魔女の森が何か知らなかった時点で、お前に期待はしていないさ。教団は本来魔女の森を守る側で、私達ロイヤル種とは戦わない。だが、私達はお前達に協力する義理は無いから此処を去る。以上だ、解ったか?」
「ごめん、全然解んない」

少し考えろとC.C.は呆れたように言い、手に持っていたお菓子を口にした。

「うん、美味い。これだこれ。見た目を裏切らない美味しさ!流石L.L.」

満面の笑みを浮かべC.C.は次々にお菓子を口にする。途中で説明を投げたC.C.に、L.L.呆れたような視線を向けた後、スザクに視線を移した。

「つまりだ、ブリタニア教団と我々は過去に共闘関係にあった。だが、100年以上前にトラブルが起こり、それ以来我々は教団から手を引いたが、教団は再び我々の協力を得るため密かにロイヤル種を探している。だが、教団に手を貸す理由はすでに無いから拒否すると言う話だ。枢木はこの話を本当に知らないんだな。それとも教団はもう俺たちを探すのを諦めたのか?」
「それは無いな。3年前クロヴィスが捕まりかけていたぞ。オレンジたちが必死に逃がした話をミレイから聞いたから、まず間違い無い」
「そう言えばそんな話しをしていたな。ではどうして枢木は知らないんだろうな?」
「こいつはスザクと同じ体力馬鹿だろう。忘れたと見るべきだな」

C.C.はスザクを見ながらそう断言した。

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