黒猫の見る夢 第4話

息を切らせるほどの全速力でキャメロットに戻ると、セシルが泣きそうな顔で辺りを探していた。

「セシルさん、居なくなったって、どういう事ですか!?」
「スザク君、それが良く解らないの。私が戻った時にはスザク君はいないし、あの子もテーブルから消えていて。最初スザク君が連れだしたのかとも思ったのだけど。あの子の背に刺していた点滴が抜け落ちていたし、その近くに血液が落ちていたから・・・ああ、きっとあの子目を覚まして何処かに隠れてしまったんだわ」

スザクは、まずあの部屋から探そうと、急ぎ先ほどまでいた部屋へと飛び込んだ。
テーブルの上には何も乗っていないバスタオル。スザクが覆い被せた時とほぼ変わらない状態で残っていた。床には点滴の針の先からこぼれ落ちたのだろう液体が、小さな水たまりを作っている。点滴の管に貼られていたテープには、確かに無理やり剥がしたかのように、黒い猫の毛が大量に付着していた。自分からこのテーブルを飛び降り、その勢いで針が抜けた。そう思わせる状況だった。
あの体で遠くへ行けるはずはない。スザクは床を確認していると、セシルの言う血痕が見つかった。
それはぽたりと垂れた物ではなく、明らかにあの猫がそこで一度倒れ、その時に背中が床についたため、点滴痕から滲んだ血が付着したようにしか見えない。
段ボールの中、棚や段ボールで出来た隙間、あらゆる場所を調べても居ない。あの血痕はテーブルと開け放たれたドアの間にあった。部屋を出たのは間違いないのか?
きっとそうだ。そう思い、急いで部屋を飛び出したその時、別の部屋で何かが落ちる音がし、スザクはそちらへ視線を向けた。

「待って!待ちなさいアーサー!!」

それはセシルの声。念の為アーサーを閉じ込めていた部屋へ調べに入ったのだろう。その隙をついてアーサーはその部屋から飛び出したのだ。
そしてその黒い塊はスザクの前を全速力で駆け抜けた。
その必死な様子に、スザクは思わずアーサーの後を追った。
辿りついたのは格納庫。整備のため、中央に置かれたランスロットからは、無数のコードが伸びていた。
そんなランスロットをアーサーは見上げると、大きな声でにゃー、と鳴いた。
スザクはつられて上を見上げ、そして、その目を大きく見開いた。
どうやって此処まで来たのだろう。どうやってそこまで登ったのだろう。ランスロットの肩にあの黒猫が居た。アーサーは何度か鳴いた後、コードを器用に避けながら、ランスロットを駆け上った。スザクもそれに続いて上ろうとした時、その小さな体はぐらりと揺れ、地上へと落ちてきた。
スザクは落下地点を目指すが、到る所から伸びている無数のコードが邪魔でそこへ行けない。
視界には体を回転させることなく、頭から落ちてくる子猫。
このままでは、死んでしまう。
死ぬ?誰が?猫?違う、あれは。

「駄目だ、ルルーシュ!!」

ああ、どうして気付かなかったのだろう。
<僕>という、誰にでも優しく接し、上司に従順で、大人しくて、笑顔を絶やさず、平和と言う理想を掲げ、誰かのために死にたいと願う、作られた枢木スザクだけではなく。
<俺>と言う、自分勝手で、我儘で、すぐ暴力を振るい、頑固で意思を曲げようとせず、自分で決めたルールさえ人に押し付けるような独善的な枢木スザクさえも受け入れたのは二人だけ。
ユーフェミアが見ていたのは、自分を抑え、こうであればいいという理想を演じていた姿に過ぎない。それ以外の汚い自分は彼女に見せなかった。見せたくなかった。父を殺した理由さえ、日本の為だと、そう言ったのだ。
俺を知らず、僕だけを見たユーフェミアと、どちらをも見、受け入れてくれた二人。
ああ、そうだ。彼女は唯一ではなかったんだ。
その事に、なぜ今この瞬間まで気付かなかった?

失うのか?僕は、彼を。

「嫌だっ!駄目だ、逝くな!!ルルーシュ!!」

ロイドとセシルに怒られても構わない。ランスロットが暫く起動しなくたって構わない。
スザクは自分の邪魔をするコードを乱暴にかき分けながら、届くはずの無いその手を必死に伸ばした。
ランスロットを駆け上っていたアーサーはスザクのその声で子猫が落ちている事に気がつくと、その瞬間体を転進させ、その後ろ脚で力強くランスロットを蹴った。コードの波をモノともせず、綺麗なアーチを描いて飛んだアーサーの足が床へと着いた時、その口にはあの子猫が咥えられていた。
アーサーは、ランスロットの平らな部分へそのまま移動すると、一度口の子猫を床に下ろした後、親猫が子を運ぶ時のようにその首元を咥え、器用にランスロットから降りてきた。子猫とはいえ、そうして運ぶには大きすぎるのだが、アーサーはその重さを感じさせない軽やかな足取りで地面に着地した。
安堵からか、思わず崩れ落ちたスザクの元へアーサーはとことこと歩いてくる。
一度スザクの呆けた顔を見たアーサーは、スザクの足元へその咥えていた猫を置いた。そして疲れたと言いたげに大きな欠伸をしたのだ。
足物に置かれた、反応を示さないその猫に、スザクは震える手を伸ばし、持ち上げた。
意識は無いのか、相変わらず眼は開かず、反応も無いが、僅かに上下するその胸が生きている事を教えてくれる。

「良かった。生きて・・・っ」

スザクは涙を流しながら、その小さな命が消えていない事を心の底から喜んでいた。
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