黒猫の見る夢 第5話 |
アーサーはまるで神技のように、ルルーシュを救い出した。 意識なく眠る子猫に再び点滴を施しながら、セシルはロイドへと視線を向けた。 今日は日曜日で、キャメロットに居たのはロイドとセシルだけだった。 皇帝陛下より賜った子猫が行方不明となり、二人で探していたが見つからず、スザクを呼んで三人で探し始めて少し経った頃、スザクの悲鳴のような叫びが聞こえた。 それは今日無理やり押し付けられた猫に向ける物ではない。 愛するものを失いたくないという悲痛な叫び声。 ロイドとセシルが格納庫についたとき、スザクはその無事を喜びながら涙を流し、衰弱した子猫を手にしていた。 そのスザクは、今も子猫の様子を心の底から心配だと言う顔で見つめている。 少なくても、先ほどキャメロットを出る前のスザクがこの猫へ向けていた視線とは全く違う物だった。それだけではない。ラウンズとなってからの何時もピリピリとし、険しい表情をしていたスザクとは違い、まるで憑物が落ちたかのように、以前のスザクに戻っていたのだ。その変化に、ロイドとセシルは首を傾げるしかなかい。 「ねえねえスザク君。そんなに感情移入したらダメなんじゃないかな?この猫そんなに持たない事は君も知ってるよね?」 「・・・っ!それは・・・どうにかなりませんか?ロイドさん、セシルさん。お願いします、彼を助けて下さい!!」 スザクのその必死な言葉に、ロイドは眉を寄せた。 なぜなら、スザクのそれは猫に向ける言葉とは思えなかったから。 「彼?」 「この子、確かに雄ですけど・・・」 セシルも、あまりにも必死なスザクの様子に、眉根を寄せた。 スザクは自分の失言に気付き、口を閉ざしたが、この黒猫をあくまでも猫として二人が扱った場合、彼は助からないのではないかと言う不安も大きかった。 だが、ギアスの事は機密事項。二人はそれらを簡単に話す人たちではない事はわかっているが、もしかしたらこの部屋に、僕や彼を見張る為の監視カメラや盗聴器が仕掛けられているかもしれない。 どうしたらいいのだろう。 泣きそうな顔で眉を寄せ、無意識のうちに唇をかむスザクに、これは何かあるのではないかと、そう悟ったセシルは、ロイドに向き直った。 「ロイドさん、この子、外傷は無いようですが、もしかしたら衰弱している理由は食事以外にあるかもしれませんよね?」 例えば内蔵の方。骨格かもしれない。何かを過って飲みこんだ可能性もある。 「ん~まあ、無いとは言わないけど、念の為調べてみる?」 セシルのその申し出に、ロイドは立ち上がると、先行くから連れてきてね。と、言い残し部屋を出た。 「スザク君、もう点滴は終わったから、その子を連れてきてくれる?体の中をまず調べましょうね」 まるで小さな弟に話しかけるようにセシルはそう言うので、スザクは返事をし、未だ動かないその小さな体をそっと持ち上げた。 ロイドの入って行った部屋は今まで立ち入った事のない小部屋で、物を置く台と籠、そして奥に扉が一つあるだけだった。 「ここから先は機械の持ち込み禁止だから、携帯とか全部その籠に入れて」 ロイドはそう言いながら、自分の携帯などを籠へ放り込んだ。後から入って来たセシルは、扉に鍵をかけると、同じく身につけていた機械類を外した。 「この奥の部屋には、機械にあまり良くない電磁波を起こす装置があるの。だからこういった機械を持って入ったら壊れてしまうのよ」 「ランスロットのキーも駄目だからねー」 ロイドとセシルのその言葉に、スザクは片手にルルーシュを抱いたまま、胸ポケットから携帯と起動キーを取り出し、籠の中へと入れた。 「じゃ、入って入って」 ロイドに促されて入ったその部屋には、見知らぬ機材が幾つも置かれていて、どれも電源が落とされていた。セシルはこの部屋へ最後に入ると、厳重に幾つもの鍵を閉めていく。それを目視で確認したロイドは、パチパチパチと、スイッチを次々に入れてた。僅かな機械音と共に、それらに明かりが灯る。 「子猫の中ねぇ。スザク君、ちょっとその台の上に乗せてくれる?ああ、タオルはそのままでいいよ」 指差された場所には白い機械が設置されており、なにやら大きな受け皿のような台がそこにあった。言われた通り、その小さな体をそこに乗せる。 すると、セシルはその皿ごと白い箱のような物で覆った。 「子猫、子猫っと。どのぐらいでいいかなぁ」 本来であれば、組み上がった機械の中を確認するためにと、ロイドとセシルが組み上げた装置なのだと言う。市販の装置は融通が利かない上に性能が悪く、それでいて値段が高いと、ロイドとセシルは自分たちでこのような装置をよく作るのだ。 全てはランスロットの為に。 これがあれば、どこかに異常が発見された場合、その部品を全部分解しなくても修理個所を見つける事が可能だと言う。とはいえ、無機物相手に作られた機械。生物を調べる事は出来るのだろうか。 「大丈夫なんですか?」 「ぜーんぜん問題ないよぉ」 「前にね、部品が無くなった時に、アーサーが飲み込んだんじゃないかと騒ぎになったことがあるのよ。だから大丈夫よ、ちゃんと生物にも使えるようその時調整したから」 ただし、特殊な磁場を発生させてしまうという問題をこの機械は抱えていて、この部屋の中の、今猫が居る場所以外にある機械は特定の処置を施さない限り不具合を起こすのだと言う。 「盗聴器の類も、この部屋では機能しないのよ」 もし持ち込まれても壊れてしまうの。 セシルは真剣な顔でそう、スザクに言った。 その言葉に、スザクは顔を強張らせた。 気付かれていた。表情に出ていたと言うことか。 「盗聴器ねぇ。どんな秘密があるか知らないけど、所詮ただの猫でしょ?そんな心配する事?」 ロイドは機械を操作しながら、後ろに立つ二人にそう言った。 「スザク君、話してくれない?それとも私達にも話せない事なのかしら?」 「いえ、そんな事!・・・でも、これは・・・」 「僕はどっちでもいいけどね、君の問題だし。ただ、後で後悔して、ランスロットのデータ、悪くならないようにだけしてよね」 スザク自身には興味ないとロイドが言うと、セシルはにこやかに笑いながらロイドの襟首を掴んだ。それに続き、ロイドの短い悲鳴。 「ま、待って下さいセシルさん。有難うございますロイドさん。そうですね、後悔しない選択をするべきですよね」 たすかったぁという表情で何度も頷くロイドと、眉根を寄せこちらを見ているセシル。 僕は一度視線を、彼が入っている箱へ向けてから、二人へ話し始めた。 「つまり、この子は1ヵ月前までは人間で、皇帝ちゃんのギアスって言う不思議な力で猫になったと?」 そんな馬鹿な。夢でも見たんじゃないの? ロイドはがっかりしたような口調でそう言った。 「スザク君は、この子があの学園に私が呼びに行った時、一緒にいたお友達だって言うのね?」 セシルもこの内容には困惑を隠しきれず、頬に手を当てスザクから聞いた話を何度も頭の中で整理していた。 だが、何度考えてもありえない話だ。 それならば、スザクに強力な暗示をかけて、この猫が元人間なのだと信じ込ませている可能性の方がずっと高い。だが、そんな暗示をかける理由はない。 「その上、その友人の正体がゼロだったと。ああ、もう出していいよ。え~と、名前なんて呼べばいいのかな?やっぱりゼロ?」 「ルルーシュです」 セシルが箱を取り外したので、スザクはいまだ動かないその猫を手に取った。大丈夫、まだ生きている。その事にホッと息を吐いた。 体温の低いその体を少しでも温めようと、バスタオルに包み直し、両腕で抱え上げた。 「ふーん、ルルーシュ君か。もしかして、猫の姿になっても中身はルルーシュ君のままなのかなぁ」 「え?ああ、そうです。ヴァルトシュタイン卿がそう言ってました。記憶も心も人のときのままだと」 替るのは姿だけで、中は何も変わらないと。 その僕の答えに、セシルは悲しそうな顔をした。 「ナイトオブワンも関係者なんだ。まあ、別に僕にはどうでもいいけど。でもさ」 ロイドは機械を停止させることなく、くるりとこちらへ振り返った。 「さっきの行動。つまりランスロットから落ちたのは、飛び降り自殺ってことだよね」 君の話をすべて信じるのなら。 「え?」 僕はその言葉に驚き、ロイドを見た。セシルは顔を逸らし、目を伏せていて、そのロイドの言葉を肯定しているように見える。 自殺?彼が?ナナリーを残して?なんで?でもそれが理由ならあの場所にいた説明はつく。 「解んない?僕は彼の気持わかるよ。だってもう二度とランスロットを作れないんだよ?な~んにもできず、ただ猫として飼われて生きるだけなんてつまらないじゃない。そんな人生僕はいらないな」 だって、もう元に戻れないんでしょ? 「戻れ、ない?」 「え?違うの?戻れるの?一定期間だけ姿変わる感じ?」 「・・・いえ、解りません」 「じゃあ、戻れない可能性高いんじゃないかなぁ?」 だってこんな話聞いたことないもの。戻れないなら口封じにもなるでしょ? 戻れるか、戻れないかなんて考えていなかった。いや、考えないようにしていた。V.V.は言っていた。ルルーシュのギアスで操られた者は、もう二度と元には戻らないのだと。ならば、皇帝のギアスも同じではないのか? 二度と、彼のあの姿を目にする事は出来ないのだ。 話をする事も、出来ないのだ。 「ルルーシュ君がゼロ。僕達から見れば重罪人だけど、此処までする理由あったのかな?まあ、処刑はあったかもしれないけど、これって処刑以上だよね?」 人によるかもしれないけれど、僕なら処刑を選ぶかな。 「せめて今の僕の、人の心があるうちにね」 猫として生きたいと思う者も居るだろう。それを幸せな処罰だと思う物も居るだろう。だが、少なくてもロイドはそのタイプではない。そしてルルーシュも。 「・・・理由はあります。ルルーシュは、ゼロはギアスを持っていました。人を意のままに操るギアスです。それを使い、ユフィを操り、日本人を虐殺させたんです」 |