黒猫の見る夢 第6話

V.V.からもたらされた情報と、スザク自身が知る情報、その全てをスザクはロイドとセシルに話をしていた。本来なら決して口にしてはいけない機密事項。その全てを。
全てを聞き終わったロイドは、すっと目を細めて、スザクを見た。

「ねえスザク君。もし、ゼロが本当にユーフェミア様を操ってあんな事をさせたなら、ゼロは何でユーフェミア様を殺したんだろうねぇ」
「え?」

心底不思議そうな声音で放たれたロイドの問い。
スザクはその意味が解らず、視線をロイドへ向けた。

「だってさ、そのギアスって力であんなに完璧に操って、慈愛の皇女様に笑顔のまま人を殺させたんでしょ?僕だったら捕虜にして、何度も何度も彼女の発言を電波に乗せる方を取るよ。これがブリタニアと言う国だ、これが皇族の真の姿なのだと言う証拠として。日本人は死んでくださいって言いながら、にこやかに笑う彼女をね。そしてブリタニアとの取引のカードとして有効活用するかな。なんでそれをしないであっさりと殺したか、君、ちょっとは考えた?」
「・・・言っている意味が解らないんですが」

ルルーシュがブリタニアの皇族を、兄妹でさえ殺す事を目的としていた。スザクはそう判断していたため、何が問題なのか全く理解できなかった。あくまでもユフィを殺すのが目的。彼女を操ったのはその口実を得るため。それ以外には無いはずだ。 ロイドは、そうかい?と言いながら、なにやら端末を操作し、スザクを手招きした。スザクはその招きに素直に応じ、画面を見る。それはパソコンの画面で、この部屋の電磁波にも影響を受けないよう処理をされたものだと言う。

「電波ジャックされて流された放送、色々と編集されていた事は知ってるよね?」
「はい」

ユーフェミアが笑顔で銃を乱射するシーンばかり切り取られ、編集された映像。スザクは何度も何度もそれを見たので、どんなシーンが流れたか全て頭に思い浮かべる事が出来た。

「君、知ってた?あれね、ユーフェミア様にとって不利な編集だけされたわけではないんだよ?僕も流石にあの皇女殿下が乱心なんて、何かがおかしいなあって思ってさ、極秘にマスターテープ手に入れたんだよね。まあ、君の場合、口で説明するより見た方が解ると思うから特別に見せてあげるよ。そう、まずはこれかな」

行政特区設立のあの日設置されていた報道カメラは10台。ロイドはそのうち1台をまず選んだ。
ユーフェミアが奥の通路から走ってマイクに向かうあのシーン。僕が見た映像は、この後彼女のアップに切り替わるのだが、そのカメラは彼女が来た通路を映し続けていた。ユーフェミアの、日本人に向けての発言が聞こえた頃、通路に誰かが走ってくる姿が見えた。

「ゼロ!?」

そう、ゼロが走って来たのだ。だが何かおかしい。いつも冷静に、まるで舞台で演じている役者のようなゼロが、完全に取り乱しているような、そんな走りだった。そのゼロを、警備の兵が押しとどめる。兵の影で良くは見えないが、ゼロはどうにかしてその包囲を突破しようとして足掻いているようにも見えた。

「残念ながら音声は拾えていないんだけどね。僕はこんな風に感情をあらわにして行動をしているゼロは初めて見たよ。それが気になってね、この式典で虐殺が起きている時のユーフェミア様ではなく、ゼロが何をしていたのか、つなぎ合わせてみたんだよね」

そう言うと、ロイドは既に編集を終えていたその映像ファイルを選択し、カチリと硬質な音をさせて再生させた。

「・・・え?」

その映像に映っているのは、何度も何度も兵に邪魔され、銃撃を受けながらも、ユーフェミアの元へ向かおうとするゼロの姿。体力に難のあるルルーシュからは想像できないほど機敏な動きで、長い距離を休むことなく必死に走っていた。幾度も兵に阻まれながらも、辛うじてその手を逃れ、その場を離れるが、隙をついて再びユーフェミアを目指す。ゼロとしてはありえないほどの危険を冒し、それでもどうにかユーフェミアに近づこうと、手を尽くしている。そうとしか見れない姿だった。顔は仮面に隠れて見えない。でもその動きで、間違い無く何かを叫んでいる事が解る。その時、すでに放置されたカメラの一台に、近づいてくるゼロの姿が映し出された。

『ゼロだ!撃て!殺せ!!』

そう叫ぶ声と激しい銃弾の音。だが、スザクの耳には確かに聞こえた。

『やめろ!やめるんだ!君はこんな事をしてはいけない!もうやめてくれ!!ユフィっ!!』

仮面の男は悲痛な声で、そう叫びながらカメラの前を通り過ぎたのだ。
絶対にゼロが口にしてはいけない言葉。ブリタニアの皇女殿下の愛称。それをこのゼロは躊躇うことなく叫んでいた。
これはゼロではない、ルルーシュだ。ユーフェミアの兄であるルルーシュとして虐殺をおこなう妹を止めるために走り、叫んでいるのだ。
スザクはその事に気がつくと、ざわりと全身に鳥肌が立ったのを感じた。
幾度もカメラは切り替わり、やがて日本人の女性に縋りつかれたゼロはその場に立ちつくした。その女性が崩れ落ちると、それまでとは一転、ゆらりと、緩慢な動作でゼロは歩き出し、奥の通路へその姿を消す。そこで映像の再生は終わり、画面は停止した。

「これで全部かな、次に現れたゼロは、ナイトメアから降りてユーフェミア様を撃った。これがあの日の行政特区でのゼロの行動。結構おもしろかったでしょ?」

口元に笑みを乗せながら、ロイドはそう言った。
鳥肌が治まらない。なんだ、僕は今何を見た?
あのユーフェミアを虐殺皇女に仕立て上げるため操ったのはルルーシュであるゼロだと、V.V.はそう言ったし、ルルーシュもあの神根島の遺跡の前で、肯定するような発言をしたはずだ。
そして全ては過去だ、終わった事だと言い切った。そう、だからルルーシュがユーフェミアを自分の意思で・・・。だとしたらこれは何なんだ?わからない、何なんだこの映像は。これもルルーシュが、ゼロが今後の為に残した布石の一つか?そうだ、そうに違いない。そうでなければいけないはずだ。

「これって、どういう・・・」

ああ、寒い。体が震えて仕方がない。何なんだ。一体何だこの映像は。

「さあね。僕にも解らないけど、少なくてもゼロは放送の事など忘れて、完全に取り乱してたみたいだよね。ユーフェミア様があんな事になったの、ゼロとしては予定外なんじゃないかな?でも、こんな映像、黒の騎士団としては使えないだろ?だからバッサリとぜーんぶカット。そして、こういう不要なデータは見事に記録から消してる。残っているのはこの、マスターテープにだけ」

だからこんなゼロ、誰も知らないんだよ。
ロイドはそう言いながら、再び映像を最初から流し始めた。
スザクは視線を再び画面に向けたが、耳はロイドの言葉に集中させた。

「でさ、僕としてはね、操ったのはゼロだって君が断言した理由は解らないんだけど、マスターテープにだけ残されていて、その上ブリタニアの不祥事の記録だからと廃棄されかけてたのを極秘に手に入れた僕としては、この映像が嘘偽りない真実だと思うんだよね。君の言うように、もしそのギアスって力でユーフェミア様が操られたのが間違い無いのだとしたら、それって本当にゼロのギアスなのかな?皇帝ちゃんとゼロ以外にこの力を持ってる人っていないのかな?もしゼロのギアスだって事も確定だとすれば、ゼロも想定していなかった何かがあの日、起きたんだろうね。だから、彼女にこれ以上殺戮をさせないためその命を奪った」

じゃなければ、銃弾が飛び交うこの場所で、こんな危険なまねをしてまでユーフェミア様を止めようなんて、パフォーマンスでも無理だよ。
ロイドのその言葉に、スザクは何も言えず、ただ画面を見つめていることしかできなかった。
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