黒猫の見る夢 第7話 |
自室へと戻って来たスザクは、部屋に鍵をかけると、バスタオルに包んだままのルルーシュをテーブルの上へ置き、シャワーを浴びて私服へと着替えた。 検査の結果、彼の体には何も問題は無く、やはり飢餓による衰弱だとロイドとセシルは結論を出した。 つまり食事さえ取ってくれれば問題は何もない。 彼の精神面の話は、まずは体を癒してからだ。 今の問題は唯一つ、食事をどう取らせるかだけ。 スザクはセシルに渡されたバッグから取りだした猫用ミルクを猫用の哺乳瓶に入れ、どうにか飲まさなければと、テーブルに蹲ったままのルルーシュの口へ持っていくが、予想通り一切反応を示さなかった。 「ルルーシュ、飲んで。お願いだから飲んでよ」 その頭を撫でながら、口元を濡らす様にミルクをつけてみるがやはり無反応だ。 どうしよう、どうしたらいい? このままだと本当にもうこの小さな体は持たない。自殺は防げたが、餓死してしまう。 細いカテーテルを口から通して胃に流す方法があるとセシルに言われたが、ルルーシュにそれをやると、さらに追い込んでしまう気がするので、今日スザクが色々試して駄目だった場合の手段とすることにした。 一番いいのは、ちゃんと彼の意思で食事を取る事だ。 「ルルーシュ、お願いだから口開けて。一生猫のままでも、僕が君を守るから。ナナリーも、守るから。だからお願い、僕を置いて逝かないで」 固く閉ざされたままのその小さな口を、両手を使い、出来るだけ力を入れないようにしながら、指でこじ開ける。再び閉じてしまわないよう、小指を口に入れ、哺乳瓶に手を伸ばした時、指先にザラリとした小さな感触を感じた。 慌てて視線を戻すと、その子猫は間違い無くスザクの指を舐め、吸いつくような動きをしている。その様子にスザクは慌てた。目はきつく閉じられているので、意識はないだろう。これは子猫の本能かもしれないが、今なら飲んでくれる。 人とは違い、仰向けの状態でミルクを与えると危険だとセシルは言っていた。だから、その事にだけ注意しながらスザクはルルーシュの体の向きを動かすと、その口の中へ哺乳瓶の飲み口を差し込んだ。だが、その舌はスザクの指は舐めるが、そちらには反応を示してくれなかった。 そうだと、指で少し先を押してミルクをその口に含ませると、ぺろぺろとスザクの指ではなく、哺乳瓶のほうへ舌を伸ばした。スザクはゆっくりと指を抜くと、その子猫は目を閉じたままではあるが、必死にそのミルクを飲み始めた。 その様子に、スザクの顔には自然と笑みが浮かび、涙がこぼれた。 「よかった、うん、お腹すいてたもんね。いっぱい飲んでね、ルルーシュ」 静かにその体を持ち上げると、その小さな爪を服に引っ掛けてきた。 ミルクを飲んでいる時に動かしたから怒っているのかな?ごめんね。 哺乳瓶のミルクがいくらか減った頃、ルルーシュは口を離し、そのまま眠ってしまった。飲む事で疲れてしまったのだろうか。それとも元々少食の彼にはこの量が限界なのだろうか。思ったよりは飲まなかったが、それでも飲んでくれたのだから今は十分だ。 口の周りについてしまったミルクを拭いた後、スザクは眠るルルーシュをベッドへ移動し、その体の上にバスタオルを掛けた。先ほどよりも穏やかな顔で眠っているように見えるその頭を軽く撫でる。 先ほどまでの無反応とは違い、むずがるように、その顔を体に埋め丸くなったその姿にスザクは笑みを浮かべた。 ほぅ、と息を吐いた後、スザクは部屋の中を見回し、思わず眉を寄せた。 この部屋を与えられてから、掃除なんて一度もしていない。掃除機だっていまだ箱に入ったままで、荷物さえ全部出し終わっていない状態だ。埃もきっとすごいだろう。 「部屋、片付けるかな。絶対、汚い!俺と暮らすなら、掃除ぐらいしろ!って怒るよね」 ああ、隙間は全部塞いでルルーシュが隠れられないようにしないと。 危ない物も片付けて。虫が居たら嫌がるから隅々まで掃除しないとだめだよね。 彼の運動神経では高い所に上ったら絶対降りられなくなると思うから、上れないようにしないと駄目かな。 さて、何処から手をつけようか。 まず綺麗にすべきは寝室と居間だろう。 一先ず彼の眠る寝室は後回しにし、手始めにその辺に投げ捨ててあったペットボトルや雑誌、脱ぎ散らかしていた衣服などを片付けていると、ルルーシュが眠る寝室から何やら音が聞こえたような気がした。 |