黒猫の見る夢 第8話

「ねえスザク君、本当に、ほんと~に、元人間なんだよね」
「・・・はい。その筈なんですが」

翌日、特派へ点滴と検診を兼ねてルルーシュを連れていくと、ロイドが呆れたような口調でそう訊ねてきた。正直スザクは昨日とは違い、そうだと力強く断言する事がどうしてもできなかった。

「でも、何処からどう見ても、普通の子猫、ですよね?」

セシルのその言葉に、再び三人の視線はその話の中心的存在へと向けられる。
そこにはスザクの腕に収まり、キョトンとした顔で首を傾げる黒猫。
視線が集まった事で目を開けたが、まだ眠いのかスザクの方へ向けて「にゃ~」と鳴いた後、小さな欠伸をしてからその腕の中へ潜り込むように体を丸めた。
それは何処からどう見てもごく普通の猫の仕草だった。



昨日部屋の掃除をしている時に聞こえた音。何かあったのかと慌てて寝室へ戻ると、ルルーシュがふらふらの体で立ち上がろうとしていたので、スザクは慌てて手を伸ばし、その小さな体を抱き上げた。

「どうしたの。まだ駄目だよ起きるなんて。お腹すいた?ああ、点滴もしたもんね。おしっこしたいのかな?トイレ行く?」

そう顔を覗き込みながら話しかけると、彼はスザクの手の匂いを嗅ぐようにクンクンと何度か鼻を鳴らした後、か細い声で「にゃ~」と鳴いた。いままで鳴き声など一度も出さなかったのに、何かあったのだろうか?

「どうしたのって聞いても、猫の言葉は解らないからなぁ。どうしよう」
「にゃ~」
「う~ん、お腹すいた?まだ飲めるなら飲んでほしいんだけど・・・」

そこまで口にして、スザクは何かおかしい事に気がついた。
あれ?ルルーシュ、喉を鳴らしてないか?
弱々しいからわかりにくいが、間違い無くゴロゴロと指に振動が伝わってくる。

「あれ?え?なんで機嫌いいの君」

もしかしてルルーシュはまだ寝ぼけているのかもしれない。あまりその辺に触れて、彼の機嫌を損ねるのは悪手だ。スザクはそう結論付け、とりあえずトイレとミルクの用意を始めたのだが、その後のルルーシュの行動はどう考えてもルルーシュの物ではなく、猫の物だった。



「別の猫とか?」
「それはありません。あの日の猫に間違い無いです」

黒い毛並みに紫と赤のオッドアイ。赤い瞳を良く見ると、何やら文様が確認できる。
ルルーシュの左目はギアスの瞳、おそらくそれに関する文様なのだろう。
だからこれがルルーシュである事に間違いは無いはずなのだが。
すやすやと眠る小さな背中を撫でながら、スザクはそう答えた。
昨日、あの後何度かミルクを飲んだことで、体を起こす際にふらふらと揺れる事が無くなるまで回復していた。やはり胃が小さいのか、一度で飲める量は少なかったが、それでも体が栄養を求めているのだろう、スザクが様子を見ながらミルクを差し出すと、素直にそれを口にしてくれた。

「まあ、仮説は色々立てられるけどね。たとえば、体が猫になった事で、時間経過と共に人の心も猫の心に作り替えられた。とか、ルルーシュ君の心が壊れて、猫の心が産まれたとか。ああ、壊れたと言う仮定の話でいくなら、昨日の自殺未遂で、ルルーシュ君自身が自分を死んだと認識してしまった可能性もあるんじゃないかな」

ロイドが淡々と説明するその内容に、スザクの顔は青くなっていった。
心の死。それはルルーシュ自信の死を意味するのではないだろうか。体は生きていても、彼は死んだと言う事になってしまう。

「それって、ルルーシュは元に戻るんですか!?」
「そんな事解るわけないよ。まあ、僕は壊れたのなら直らないと思うけどね。むしろ人の心を残したままより、完全に猫になった方がルルーシュ君も幸せだと思うよ」

見てみなよ、昨日よりずっと幸せそうだよ。
スザクの腕に包まれて幸せそうに眠る猫を見ながら、ロイドはそう答えた。

「そんな・・・」
「スザク君、まだ決まったわけではないわ。もしかしたらルルーシュ君の心は疲れて眠っているだけかもしれないでしょう?それなら今はチャンスよ?しっかりご飯を食べて、体力を戻してもらわないとね?」
「・・・そうですよね。解りました」

優先順位を間違えてはいけない。
今大事なのは彼を生かす事。
心の問題はその次だ。

「問題は食事ね。どうするの?こちらでキャットフード用意する?」

今はまだ胃が受け付けないだろうからミルクを飲ませているが、子猫と言ってもおそらく生後3カ月ほど。ちゃんとした食事を取れる月齢だ。

「・・・今は食べても、後でキャットフードを与えていたって知ったら絶対怒ります。人間の食べ物で猫も大丈夫な物を調べて用意しようかと」

ラウンズに与えられた居住スペースにはキッチンも備え付けられている。
基本は魚で大丈夫だろう。

「その方がいいだろうね。僕だって猫の餌はいやだもん」

セシル君の料理よりは良いかもしれないけど。

「何か言いましたか、ロイドさん?」
「いえいえなんでもぉ~」

ぼそりと呟いたロイドの言葉に反応したセシルに、ロイドはブンブンと首を振りながら、必死に何でもないとアピールをした。

「でもね、スザク君。猫に必要な栄養は、人間の食事では足りないの。全部は無理でも、キャットフードも食べさせてあげてね」

健康のためだから。
そう言われてしまうと、折れるしかない。
ならばどのキャットフードが美味しく、体にいいか調べて用意しよう。数日はミルクだけなのだから時間はある。

「それとね、ルルーシュ君はこちらでは預からない方がいいと思うの」
「そうですね。出来るだけ僕の所に置きます」

信じられない話なのだが、このルルーシュは人見知りが激しい。今こうして腕の中にいるのも、スザクが抱きたくてそうしたのではなく、ロイドとセシルから逃げるようにルルーシュがスザクに飛びついてきたからだ。ロイドとセシルが近付いてきた途端、耳を伏せ、全身の毛を逆立て、震えながら威嚇した後、スザクのラウンズ制服の内側へ急いで潜り込んだ。爪を出し、制服のインナーによじ登るような形でしがみついたので、スザクは痛みで思わず顔をしかめたほどだ。
手をいれて出そうとすると、威嚇の声を上げながら引っ掻いてくるのでどうする事も出来ず、ルルーシュが自分で出てくるまでそのままにしていた。こうして姿を見せるようにはなっても、スザクからは離れようとせず、診察しようとすると、再び服の中へもぐりこんでしまう。結局これ以上怯えさせても体に悪いと、今日の診察はしない事となった。
そんな子猫の様子に、スザクは困惑するしかなかった。
あの何時も強気で、人の先頭に立って行動するようなルルーシュが、こんな姿を見せるなんてどう考えてもありえない。演技でも、だ。

「ケージを用意しておくから、こちらで預かるときはそちらに入っていてもらいましょう」
「はい、お願いします」

スザクは二人に頭を下げると、猫を腕に乗せたままその部屋を出た。

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